第11回IAAF世界陸上競技選手権大阪大会観戦記[畑中 俊則]

男子20km競歩

スタート8時の時点で気温31℃と前日の男子マラソンより過酷な条件の中、出場42名がスタートした。トラックを4周半して1周2kmの周回コースを9周して戻ってくるコースレイアウト。スタート直後から3連覇を狙うペレス(エクアドル)、前回・前々回2位のフェルナンデス(スペイン)の優勝候補2人が先頭に立つ。暑さもあって、トラック内はスローペースで進む。日本の3選手(森岡、谷井、杉本)は先頭集団の前の方に位置した。

ロードに出ると杉本が先頭に立ち、1周目トップで周回。5km過ぎからブルネッティ(イタリア)がスローペースを嫌って飛び出す。ブルネッティはアテネ五輪の優勝者。集団も様子を見る。一時は20秒近い差をつけたブルネッティだったが10km手前にして2つのマークがついてしまいペースダウン。14km過ぎでペレスが追いつき、ギュラ(チュニジア)、フェルナンデス、ヘファーソン(アイルランド)らも合流。そして15km手前でブルネッティは失格となった。そこからペレスが先頭に出て1km4分を切るハイペースに上がった。17kmで3人に絞られ、残り1周でペレスとギュラに絞られた。残り2kmを切ってペレスがスパートして決着がついた。日本の森岡は8位で残り1周を通過。入賞の期待が高まったが、直後に太ももの痙攣で立ち止まってしまい、後続に抜かれてしまった。ペレスは快調な歩きで世界陸上20kmでは初の3連覇を飾った。2位争いはギュラが逃げ切ると思われたが残り100mから猛然と追い上げてきたフェルナンデスがゴール直前でギュラをかわして2位でゴール。ところがフェルナンデスはそれまで1つのマークも無かったが、この猛スパートで主任審判員から一発失格を取られる。それぞれ順位が繰り上がり、4位でフィニッシュしたサンチェス(メキシコ)が銅メダルとなった。しかしスペインチームから抗議が入り、上訴委員会による審議の結果、失格が取り消され2位に復活。当然、判定を下した主任審判は激怒。本来なら競歩の判定は絶対のはず。それが第3者によって覆る事態となり今後のジャッジに影響が出そうだ。ちなみに、フェルナンデスは世界陸上、オリンピック通じて世界大会4大会連続の2位。またギュラは母国チュニジアに世界陸上史上初のメダルをもたらした。太ももの痙攣で順位を落とした森岡は11位、杉本19位、谷井21位と3選手とも前回ヘルシンキ大会を上回る成績となった。

女子20km競歩

前日に雨が降り、男子に比べるとやや涼しいコンディションの中、朝8時、出場42名でスタートした。今年世界ランクトップのツロワ(ベラルーシ)は欠場。スタート直後は川崎が引っ張り、ロシア勢4人が先頭に立った。前回チャンピオンのイワノワ(ロシア)がトラックを出る直前に途中棄権するハプニングがあったが、カニスキナ、シャミキナ、シビレワの3人のロシア勢を先頭に周回コースへ出ていった。カニスキナ、シャミキナは後続と差をキープしながら1位、2位を進む。3位のシビレワはペースが維持できず4位集団から上がってきたバスコ(スペイン)に抜かれた。川崎はその後ろの7位集団、そこから少し離れて坂倉、そして淵瀬と日本勢は入賞が見える位置で序盤からレースを進めた。川崎はペースアップにも落ち着いて対処し、1周9分20秒前後のラップを刻んでいる。トップのカニスキナは足音すらしない安定したフォームで1周を9分を切るペースで歩く。最後はややペースダウンしたものの、そのまま逃げ切り金メダルに輝いた。2位もスタートからずっと2位をキープしたシャミキナが入り、ロシアの若手がワンツーフィニッシュ。3位にバスコが入った。川崎は後半の勝負どころでは1周のラップを9分10秒に上げて、入賞ラインの8位争いをしたものの、惜しくも8位と13秒差の10位に終わった。しかし、女子競歩としては世界陸上、オリンピックを通じて過去最高順位。国際大会初出場の淵瀬は27位、坂倉は途中失格に終わった。

男子50km競歩

スタート7時の時点で気温25℃の中、54名の選手がスタートした。日本勢にとっては過去3回入賞経験のある有望種目。前回8位の山崎、クラブ員から参加の明石、初出場の谷内に期待が集まった。トラック内では世界記録保持者のディークス(オーストラリア)が先頭に立ち、早くもいくつかの集団にバラける。山崎は先頭集団、明石と谷内は後方集団につけた。周回コースに出ると2人の選手が飛び出しを見せる。その中から虞(中国)が単独で抜け出し、一時は2分半近い差をつけたが17km過ぎに吸収された。この間、度重なる歩型違反(いずれもロス・オブ・コンタクト)をとられた虞は、結局、30km手前で失格した。虞が脱落後、ディークス、ディニス(フランス)、カナイキン(ロシア)そして山崎が抜け出し、先頭グループを形成。後方集団では明石がガルシア(スペイン)に引かれ第3集団に追いついた。ガルシア(スペイン)は93年大会の優勝者。近年は後半追い上げての入賞が多く、明石もついていければチャンスが出てくる。先頭集団ではディニスが後方に下がり、3人の争いになった。山崎は時折先頭を引っ張るなど積極的なレースを展開。メダルの期待も高まるにつれコースの沿道も大変な盛り上がりを見せていた。中盤に入り、明石の位置していた第3集団でも動きがあり、ガルシア(スペイン)がペース上げた。それにより集団は縦長になり、明石は集団後方に下がった。そして先頭集団では31km過ぎ、後方でずっと様子をうかがっていたディニスが一気に3人に追いつき、そのままスパート。これにディークスが即座に反応し、カナイキンと山崎は遅れた。ディニスは競歩歴5年だが昨年のヨーロッパ選手権を制した新鋭。トップはディークスとディニの争い。35km手前でディークスがスパート。ディニスも何とか食らいついていくが直後に2つ目のマークがついてしまい、安全運転の歩きに切り替えざるを得なくなった。山崎は4位に落ちたが、すぐにカナイキンを捉え、大きく引き離して3位をキープ。メダルの期待が一段と高まるが徐々にペースダウン。なんとかメダルキープしたいところだったが、後ろから追い上げてきたシュワイツァー(イタリア)、ニジェゴロドフ(ロシア)に相次いで抜かれた。山崎はその後もペースが上がらず苦しい展開。明石は一時は2km10分台のペースまで落ち、20位中盤まで順位を落としたものの、徐々にペースを取り戻し、40km過ぎで周回遅れになっていた山崎を引っ張るシーンも見られた。ここから2km9分40秒のペースに回復すると、40kmで19位、45km17位と徐々に順位を上げていった。出場54名中、完歩できたのは31名(途中棄権14名、失格9名)というサバイバルレース。先頭のディークスは35km以降、5km21分のペースを維持しトップで競技場に戻ってきた。初の世界タイトル獲得に、嬉し涙で歓喜のゴール。2位ディニス、3位のシュワイツァーは悔しさのあまり帽子を投げ捨ててゴールした。山崎は大きくペースダウンし、歩くのもやっとの状態で進んでいたが、残り1周のところで誘導ミスによりフィニッシュさせられ無念の途中棄権扱いに。直前に9位に落ち、そのままゴールしても順位は厳しかったかもしれないが、やはりゴールして結果を残したかったところ。今後の大会運営の問題を残した。明石は残り5kmからさらに一人抜いて16位でフィニッシュ。1つの警告マークも付かない歩きだった。そして終始自分のペースを維持した谷内は17位でフィニッシュした。